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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)42号 判決

原告

平手鐐一

右訴訟代理人弁護士

石塚徹

被告

株式会社ダイフク

右代表者代表取締役

益田昭一郎

右訴訟代理人弁護士

美根晴幸

主文

一  原告が被告の従業員の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成五年一月以降、毎月二五日限り金一四万五六〇〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は一〇分し、その一を原告のその余を被告の各負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告の従業員の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成五年一月以降、毎月二五日限り金二一万一七六七円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、昭和六三年一一月、被告との間で期間を六か月としてパートタイマー(フレンド社員)の労働契約を締結して被告の従業員となった原告が、数回にわたって右契約を更新した後、被告から平成四年一二月末日をもって雇用を打ち切られたため、右雇用の打切りが、解雇又は解雇の法理が準用されるべき場合に当たり、権利の濫用であるから無効である等と主張して、労働契約上の地位の確認及び賃金の支払いを求めたのに対し、被告が、〈1〉右雇用の打切りは期間の定めのある労働契約の更新拒絶として有効である、〈2〉右労働契約が仮に期間の定めのないものに転化したとしても、原告と被告との間では右労働契約を平成四年一二月末日限りで終了させる旨の合意解約が成立した、〈3〉仮に右合意解約が成立していなくとも、被告は原告に対し、平成四年一二月末日をもって解雇する旨の意思表示をなし、右意思表示には理由があって濫用はない等と主張して、これを争った事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、昭和四年九月二三日生まれの男子であり、昭和六一年三月三一日、郵政省を退職した後、昭和六三年一一月二一日から、被告の従業員であった者である。

(二) 被告は、大阪市西淀川区(以下略)に本店を置き、諸機械、器具及び電気機械、器具の製造販売事業を主たる目的とする資本金八〇億〇四五〇万一一七四円、従業員約三〇〇〇名の株式会社である。

2  本件労働契約の締結と更新

原告は、昭和六三年一一月ころ、被告の「フレンド社員」という名称のパータイマーの募集に応じ、同月二一日被告との間で六か月の期間の定めのある「フレンド社員雇用契約」を締結し(以下「本件労働契約」という。)、被告の従業員となった。

その後、原告と被告は、ほぼ六か月ごと、毎年四月一日及び一〇月一日に、本件労働契約を更新してきた。

被告は、平成四年九月一〇日又は一一日ころ、原告に対して同月末日で雇用契約の更新をしない旨通告し、その後、同月二二日、二八日に原告と被告の担当者が話し合いを継続した。

そして、同月三〇日、原告と被告とは、雇用期間を同年一二月末日までの三か月とする雇用契約書に調印した(以下「九月三〇日の調印」という。)。

3  被告は、原告との間の本件労働契約が平成四年一二月末日をもって終了した旨主張して、原告の就労を拒絶している(以下「本件雇止め」という。)。

4  原告の平均賃金

本件労働契約によれば、被告の原告に対する賃金支払日は、毎月二五日である。

原告が、被告から支払いを受けた平成四年一〇月から同年一二月までの平均賃金額は一か月当たり金一四万五六〇〇円であり、また年二回(七月と一二月)ボーナスに相当するものとして支給されていた「金一封」の実績を一か月平均した額は、金六万六一六七円であり、これらを加算すると、原告の一か月当たりの平均実績賃金額は金二一万一七六七円となる。

二  争点

1  本件労働契約及び本件雇止めの法的性質

(一) 本件労働契約は、契約が反復更新されることにより、期間の定めのない雇用契約又は実質的にこれと異ならない雇用関係にその性質を変えたか

(二) 本件労働契約に右性質の変更が認められる場合、本件雇止めに解雇の法理が適用又は準用されるべきか

2  本件雇止めに解雇の法理が適用又は準用されるべきものとされた場合、本件雇止めは解雇権又は更新拒絶権の濫用により無効となるか

3  原告と被告との間で、平成四年九月三〇日に、本件労働契約を同年一二月末日をもって終了させる旨の合意(以下「本件合意解約」という。)が成立したか

4  被告から原告に対し、同年九月三〇日、同年一二月末日限り原告を解雇する旨の意思表示がなされたか、右予告解雇は有効か

三  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 本件労働契約の性質(期間の定めのない労働契約)

(1) 平成四年一二月二二日、被告は、原告に対し、同年一二月三一日をもって労働契約を更新しない旨の意思表示をした。しかしながら、本件労働契約は期間の定めのないものであり、右更新拒絶は、解雇の意思表示に他ならない。

(2) すなわち、原告は、前記争いのない事実記載のとおり、被告の従業員となった後、基本的に半年単位で労働契約を更新されてきたものであるところ、被告が原告を採用した際、原告が見て応募した被告の広告には「賞与年二回(年四・五カ月以上確実)・昇給年一回」などと記載されていたこと、面接の際、被告の担当者から「シルバー制度には定年制は適用致しませんから、健康であるかぎり仕事をしてもらいますので、一生懸命働いて下さい。」等と説明を受けたこと等のいきさつがあり、右いきさつからすれば、被告のシルバー制度(フレンド社員雇用契約により他社を定年退職等した高齢者を雇用する制度)は、単に雇用調整の目的で作られた制度ではなく、被告が右契約を当然更新する意思を有していたものであることは明らかである。

また、原告は、定年退職後の生きがい・働きがいを求めて被告に応募したのであるから、原告にも一定の長期間被告において働く意思があったことは明らかである。

そして、右のとおり、原告の採用後更新手続が何回にもわたって繰り返されたことにより、原・被告間の右のとおりの意思は明確に確認されたといえる。

(3) また、本件労働契約の更新手続も、原告のその都度の意思を確認することなく事務的になされていた。

(4) 更に、原告が代替要員として採用されたわけでもなく、業務内容も、単純な作業ではなく、プラント部門にいたときは図面を見ることができるようになり、一つのエリアをまかされて協力会社の社員数名を使って仕事をしていたこともあった。

(5) 以上の事実から明らかなとおり、被告における原告の地位は、短期雇用を前提としたものではなく、反復更新を前提とした継続的なものであり、その本質は、期間の定めのない労働契約であるというべきである。したがって、九月三〇日の調印にかかわらず、被告が原告に対してなした本件雇止めは、右期間の定めのない労働契約の解雇の意思表示に他ならない。

(6) 仮に、本件雇止めが解雇の意思表示と認められず、更新拒絶に止まるとしても、右更新拒絶には解雇の法理が準用されるべきである。

(二) 本件雇止めと権利の濫用

本件雇止めには、以下のとおりなんら合理的な理由がないから解雇権又は更新拒絶権を濫用したものとして無効である。

(1) 被告の生産規模縮小の必要性について

被告は、本件雇止めを正当づけるものとして、平成三年後半頃からのバブル崩壊による不況により被告も生産規模の縮小を図る必要が生じたため、原告との雇用契約を更新しないことにしたと主張する。

右主張は、いわゆる整理解雇の主張というべきであるから、被告は右整理解雇の要件を主張立証すべきところ、以下のとおりの被告の従業員数の推移から見て、本件雇止めのなされた平成四年当時、被告において事業規模の縮小を図る必要はなかった。

すなわち、被告の従業員数は、平成三年一〇月末には二八二〇名であったが、平成四年度には二六七人もの新入社員を採用し、平成五年四月には三一九二名になっており、また、被告は、平成五年度になってからもパート労働者を雇用するべく新聞広告及び新聞折り込み広告を出している。

(2) 原告の年齢及び勤務態度について

被告は、本件雇止めを正当づけるものとして、原告が被告の小牧事業所における最年長者であり一般社員の定年年齢である六〇歳を超えていたため、雇止めの対象として最も適当であったと主張するが、被告は原告らを採用した際の募集対象年齢を五五歳から六五歳としていたのであるから、解雇の理由として高齢であることあるいは一般社員の定年年齢を超えていたことを挙げるのは矛盾であって許されないというべきである。

また、被告は、原告の勤務態度が社内で不評であったことを挙げるが、平成四年九月中の原告と被告との話し合いの中で、勤務態度については何も言っていないことからすれば、これらの主張は言いがかりであるというべきであるし、また、右主張にそう事実はなく、また仮にあったとしても原告を退職させるだけの理由たりえないというべきである。

(3) 採用時の約束に反する本件雇止め

また、被告は原告を採用する際に、「人員整理を行う場合はパート労働者より協力会社の派遣社員から先に整理する」と約束したところ、被告の協力会社の派遣社員の数は、平成四年一二月当時従前とあまり変わっていないことに照らして、本件雇止めは、右約束に反してなされたものである。

(三) 本件合意解約の不成立

九月三〇日の調印によっても、本件合意解約は成立していない。

すなわち、右調印は、平成四年九月一一日から始まった原告と被告の雇用契約の更新に関する話し合いが平行線をたどって進展せず、それまでの契約書が同年九月三〇日で切れてしまうために、弁護士の助言を得て、やむをえず翌日から労働者としての地位を保持しながら話し合いを継続するために署名したものである。原告は、右署名にあたって、同年一二月末日で辞める気持ちがないことを明確に表明し、またその後、原告は弁護士を通して話し合いを継続している。

なお、被告は原告が署名した契約書に、右署名後、被告の担当者であった訴外武内基詞(以下「武内」という。)の押印つきで「追記、本契約をもって最終雇用契約とする。(9/30の三者懇談により、了解をとる。)」と書き込んでいるが、原告はそのような了解はしておらず、右書き込みは、原告に無断で勝手になされたものであることは、その訂正印が武内のものしかないことから明白である。

2  被告の主張

(一) 本件労働契約の性質(期間の定めのある労働契約)

被告は、原告に限らずパートタイマーについて全て六か月の期間で雇用契約を締結し、更新の際には必ず改めて契約書を作成していた。したがって、本件労働契約が数回にわたって更新されたからといって、これが期間の定めのない雇用契約に性質を変ずるなどといったことはあり得ないことである。

そして、本件労働契約が期間の定めのある契約である以上、平成四年九月三〇日に三か月の期間を定めて更新された雇用契約も当然に有期のものであり、同年一二月末日をもって終了することになるというべきである。

そこで、被告は、パートタイマー就業規則(後にフレンド社員就業規則と改称)第一二条(3)「契約期間が満了したとき」の規定によって、原告の雇止めの手続を進めたものであって、これにより、原告は、被告従業員たる地位を喪失した。

(二) 本件合意解約の成立

仮に、原・被告間において、本件労働契約が反覆更新されたことにより、実質的に期間の定めのないものに性質を変じていたとしても、以下のとおり、九月三〇日の調印によって、原告と被告との間には、平成四年一二月末日をもって本件労働契約を終了させるという合意解約が成立した。

すなわち、被告は、後記の通り、バブル経済崩壊に伴う不況による生産規模の縮小の必要から、企業として最も合理的な考慮の上、当時被告小牧事業所の最年長者であった原告及び原告と同時に採用された訴外丹羽茂(以下「丹羽」という。)との雇用契約を終了させることとし、その際、被告は一方的な雇止めよりも、話し合いの上契約を終了させるのが適当と判断して、平成四年九月、原告らに対して、本件労働契約を更新せず、同月三〇日をもって終了させる旨の申し入れを行った。

これに対して、原告は雇用の延長を望み、同月三〇日までに合計三回話し合った結果、原告と被告は、ボーナスの出る一二月まで雇用を延長して平成四年一二月末日に終了させることで合意し、本件調印がなされた。

右九月三〇日の話し合いの最後には、被告の担当者である武内が、後々のトラブルを避けるために「追記、本契約書をもって最終雇用契約とする(九/三〇の三名懇談(岸良、平手、武内)により了解をとる。」と記載したうえ押印しており、原告は右追記を了解の上、末尾に署名押印した。

被告は、従前から原告に限らずパートタイマーについては六か月毎に契約を更新する方式をとっていたところ、本件調印がなされた雇用契約書には、期間を三か月すなわち平成四年一二月末日までとする旨の記載があり、このような異例の期間を内容とする契約書に原告が調印したのは、原告が同年九月末日をもって雇用を打ち切るとの被告の当初の申し入れよりも、同年一二月末日をもって最終契約とするとの申し出を自己に有利な条件と判断して取敢えずこれに応じ、後は話し合いで更なる延長の交渉をすればよいと考えた結果であるから、原告は、同年一二月末日をもって、本件労働契約を終了させることに明確に同意したものというべきである。

しかるに、原告は三か月で雇用を終了するという被告の申し出に応じておきながら、他方、平成四年一二月末日をもって雇用契約を更新しないという合意に応じていないというのは、本来分離不可能な被告の申し出を、自己に有利な一部についてのみ承諾し、不利な部分は承諾していないと主張するものであって、許されないというべきである。

以上のとおり、仮に、本件労働契約が、実質的に期間の定めのないものにその性質を変じたとしても、原・被告間には、平成四年九月三〇日に、同年一二月末日をもって、本件労働契約を終了させるという合意解約が成立したというべきであるから、右期日の経過により、原告は被告従業員たる地位を喪失した。

(三) 解雇権の行使

(1) 解雇の意思表示

仮に本件合意解約が成立していなかったとしても、少なくとも被告は、平成四年九月三〇日に、同年一二月末日で本件労働契約を終了させる旨の意思を被告社員岸良史彦(以下「岸良」という。)を通じて原告に告知したから、右告知は被告の原告に対する三〇日前の解雇予告に該当する。

そして、右解雇予告には、以下のとおり被告のパートタイマー(フレンド社員)就業規則第一三条(1)「止むを得ない業務上の都合」に該当する事由が存するから有効である。

なお、原告は、被告が原告に対して解雇通告をなしたのは平成四年一二月二二日である旨主張するが、前記のとおり被告が解雇予告したのは同年九月三〇日である。

(2) 本件雇止め(解雇又は更新拒絶)の必要性と合理性

〈1〉 生産規模縮小及び人員削減の必要性

被告の平成三年一〇月ないし同五年四月末までの従業員の増減状況は別表1記載のとおりであり、また平成二年四月から同五年三月までの三決算期の売上高の推移は別表2記載のとおりである。

右のとおり、被告の売上高は七六期は増収であったが、下期から景気の低迷が本格化し、七七期は大幅な売り上げ減となった。別表1の被告の従業員の増減状況のうち、平成四年四月から同五年三月における定期採用が二六七名なのは、不況に入る前の採用決定によったためであり、七七期では不況の進行下において定期採用については将来を見越した必要最小限(退職人数の補充程度)にとどめている。

右のうち、定期採用の性質上、七六期から七七期にかけて在籍人員は増加しているが、生産規模を示す売上高は解雇の意思表示がなされた七七期においては大幅な減少をしていることからも、生産規模の縮小が七七期に行われたのは明らかである。

このように、被告は、バブル経済の崩壊による不況により全体的な設備投資が減退する中、平成三年度をピークにして平成四年度から平成六年度にかけて一貫して売上高の著しい減少をみることになり、他の企業と同じく、会社あげて懸命の合理化努力、コスト削減に取り組むことになった。コスト削減のうち、最も大きな項目は人件費の削減であり、人件費を削減する場合、正社員ではなく、協力会社の従業員とパートタイマー(フレンド社員)が対象とされるのが最も適当な形であった。このような考え方に基づき、被告は協力会社の従業員を主として削減の対象として、次にパートタイマーを削減の対象とした。

なお、被告が右期間にもかかわらずパートタイマーを少数募集したのは、全体的な生産規模の縮小の中で、コストダウンを図るため商品の内作化対策のためにパートタイマーを採用する必要があったためであり、事業規模を拡大したものではない。

〈2〉 本件雇止め(解雇又は更新拒絶)の合理性

ア 原告を選択した合理性

右のとおり、被告には平成四年ころ人員削減の必要性が存したところ、右人員削減の方法として、原告を雇止めの対象とした理由は次のとおりである。

a 原告の年齢

原告は当時六三歳であり被告小牧事業所で最年長であり、正社員の定年を大分超えていた。

b 原告の勤務態度が社内で不評であったこと

ⅰ 年齢のためと思われるが、細かい字を見るために常時虫メガネを使っており、能率が良くなかった。

ⅱ 腰痛を訴えることもあり、工場の作業を十分にしてもらえなかった。

ⅲ 年齢や、かつて就いていた職種のためか工場作業であるにも拘らず口数が多い割には体を動かさない傾向にあった。

ⅳ 他の若年の従業員との折り合いがあまりよくなかった。

c 原告の配属されていた受付の仕事の減少

原告の配属されていた小牧事業所電子機器工場物流配膳係受付グループの仕事量が、不景気で減少してきた上、製造の内作化や部品の通函化により業務量が減少した。

イ パートタイマーの地位の特殊性

本件労働契約の反覆更新により、仮に原・被告間に期間の定めのない雇用契約と同様の雇用関係が成立していたとしても、原告の地位はあくまでパートタイマーであり、パートタイマーの地位が正社員と比べて弱いのは常識であり、会社の都合で雇用を打ち切られるのも止むを得ない立場にある。

今回の不況下においても、各企業において、まっさきにパートタイマーが人員削減の対象とされており、被告も右のとおりの事情を考慮して合理的な理由に基づき、止むを得ずパートタイマーの原告を人員削減の対象の一人としたのである。

ウ 原告の雇用確保の必要性

原告は年金を毎月受け取っており、雇用を止められて生活に困る従業員の場合とは雇止めの影響は全く異なるというべきである。

エ 本件雇止め(解雇又は更新拒絶)の合理性

以上のとおり、原告はパートタイム労働者であるうえ、年金生活者で生活の安定が得られていることを考慮すれば、「止むを得ない業務上の都合」という解釈は正社員の場合に比して、当然に緩やかに解釈されるべきである。

そこで、被告としては、前記〈2〉アの理由を考慮して、パートタイマー中雇止めの対象として原告が最も適当な一人と判断したのであって、これは経営の能率を重んじ、厳しい不況を乗り切っていかねばならない企業としては、最も合理的な選択であったといえる。

なお、右の理由中いくつかについて原告に告知しなかったのは、いわゆる人間関係で角が立つことを避けようとしたためである。

(3) 原告主張に対する反論

〈1〉 原告に定年制が適用されないことについて

原告を含むパートタイマーに被告の定年制が適用されないのは原告主張のとおりであるが、これは、場合によって六〇歳を過ぎても雇用を継続することがあるということを意味するに過ぎず、六〇歳を過ぎたパートタイマーを雇用しなければならない義務を被告が負うことを意味するものではない。すなわち、被告としては、会社の生産状況とパートタイマーの能力如何では定年を超えても働いてもらうという方針を有したことはあるが、それ以上に経済状況や被告会社での必要性、パートタイマーの適性等を抜きにして六〇歳の定年以後も雇用を続けるということを明らかにしたことはない。

〈2〉 協力会社社員から辞めさせるとの約束について

原告は協力会社の社員を辞めさせた後でなければパートタイマー(フレンド社員)を辞めさせない旨被告が原告に対して約束した旨主張するが、被告は右のような約束をしたことはない。

すなわち、被告会社において人員を削減する必要が生じた場合、協力会社の派遣社員を中心として削減し、一部パートタイマーから削減を行っており、現に協力会社の派遣社員は平成四年ころ大幅に減少しているところ、原告採用時の説明会において、被告の担当者が右のような実情を説明するため前記のような発言を行った可能性はある。

しかし、協力会社からの派遣社員をすべて辞めさせた後でなければパートタイマーの削減を行えないというようなことは、現実の工場の実情や協力会社の協力が被告の生産体制維持に不可欠であること、派遣社員の生活の保障も考慮しなければならないこと等からも不可能なことである。また、パートタイマーであれ協力会社の派遣社員であれ、その人間の能力や仕事ぶりを考慮しないで一律に対応することは常識的に考えても相当でないことからすれば、右のような約束が本件労働契約の内容になっていないことは明らかである。

(4) まとめ

以上のとおり、仮に本件雇止めが原告に対する解雇の意思表示又はこれに類するものであったとしても、本件雇止め当時、被告には人員削減の必要性が存し、その手段として原告を雇止めにしたことにも十分な合理性が存するから解雇権又は更新拒絶権の濫用に当たらず、右雇止めは有効であって、平成四年一二月末日の経過によって、原告は被告従業員の地位を喪失した。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件労働契約及び本件雇止めの法的性質)について

1  いずれも書込み部分を除いて成立に争いのない(証拠・人証略)の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の各事実を認めることができる。

(一) 原告が被告に採用された経緯

原告は、昭和六一年三月、五六歳の時に郵政省を勧奨退職し、その後、二年余りの間いわゆる年金生活をしていたが、その間も再就職して就労する意思を有していた。そして、新聞の求人広告欄等に目を通して就職先を探すなどしていたが、自分の希望にそう職種が見つからなかったため、そのまま年金生活を送っていた。

一方被告小牧事業所では、昭和六三年一一月ころ、いわゆるシルバー人材などと呼称されていた、他の企業を定年或いは勧奨などにより退職したが未だ労働能力を十分もっている高齢者を被告のパートタイマーとして活用するべく、新聞の折込に、シルバー人材を対象とする求人広告を出した。

右広告には「シルバー・ショップ・メンバー募集」と題して、年配者が「充実」と言いながら、Vサインをしているイラストが描かれており、基本的な労働条件等とともに、募集人員を一〇数名、募集対象年齢を五五歳から六五歳くらいまでとする旨の記載があった。

原告は右広告を見て、工場が自宅から近く十分通勤可能であり、また、働きがいのある職場であると思い、さらに同年代のものが複数採用されるということに安心感もあり、右募集に応じるべく面接に出向いた。

なお、右求人広告には「賞与年二回(年四・五カ月以上確実)・昇給年一回」などとも記載されていた、

右面接会場には、原告と同年輩のいわゆるシルバー人材と呼ばれる者が一〇数名ほど面接を受けに来ており、原告ら応募者は、被告の担当者から労働条件や今回シルバー人材をパートタイマーとして募集することになった経緯、被告での作業内容等についての説明を受けた。

右説明において被告の担当者は、今回採用されたシルバー社員には定年制の適用がなく、健康であるかぎり仕事をしてもらう旨、また人員整理が必要な場合には、協力会社の社員から整理する旨の説明を行った。

原告は右説明を受けて、被告の採用方針や業務内容が自分の希望に沿い、働きがいのある職場であると思い、また自分が健康である限り継続して雇用が維持されるとの期待を抱いた。

面接の結果、被告は原告を含めて九名のシルバー社員を採用することとなり、右九名が昭和六三年一一月二一日ないし同六四年(平成元年)一月から被告の従業員(シルバー社員)として就労を開始した。

なお、原告は、採用時、満五九歳であり、前記争いのない事実記載のとおり、昭和六三年一一月二一日、被告との間で、期間を定めた労働契約を締結し、同日から就労を開始した。

右採用された九名のうち、原告及び丹羽を除く七名は平成三年九月三〇日までにすべて退職しており、早い者は採用後まもなくの平成元年一月には退職し、また平成元年中に退職した者が五名いる。

右シルバー社員制度の適用を受ける従業員はいわゆるパートタイマーであったが、原告の労働条件としての勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時一五分まで、休憩時間が午後〇時から同四五分までであり、フルタイムの従業員と殆ど差のないものであった。

(二) 原告の被告における作業内容

原告は、昭和六三年一一月二一日から、平成二年三月三一日まで被告小牧工場のプラント組立課プラント組立係プラント班に配属になり、注文生産のランニングフロー等の組立業務に従事した。

その後、平成二年四月一日に、システム機器工場製造課SK組立係に配置換えになったが、これは、被告小牧事業所内部で右組立業務の担当部署が改組されたための配置換えであり、配置換え後に従事していた作業内容は従前と同様であり、原告はここに同年九月三〇日まで配属されていた。

ところが、右システム機器工場の機能が、被告の滋賀工場に移転して、小牧工場での右組立作業がなくなったため、原告は平成二年一〇月一日に、電子機器工場製造部物流配膳グループに配置換えとなった。

ここでは、原告は、電子部品の受払い業務に従事していた。

次に原告は、平成三年一〇月一日から、右電子機器工場製造部の受付グループに配置換えとなり、単品部品の納入受付、その開梱作業並びに内容品の点検、員数チェック等の業務に従事していた。

(三) 本件労働契約の更新の状況

原・被告間で昭和六三年一一月二一日に締結した最初の労働契約の期間は、右一一月二一日から平成元年三月三一日までであったが、その後、原告と被告は、毎年四月一日及び一〇月一日に、それぞれ三月末日及び九月末日をもって期間の満了日とする新たな契約を締結するという形式をとって、本件労働契約の更新してきた。したがって、本件で問題となっている平成四年九月三〇日までに、本件労働契約は七回更新されたことになる。

右の更新手続は、具体的には、右のような新たな契約期間があらかじめ記載された契約書用紙二通を被告の担当者が原告に交付し、右契約書用紙の契約者欄に原告が署名押印した上で被告の担当者に一旦返還し、その後、被告小牧事業所の所長が残りの契約者欄に記名押印して、一通を原告に渡して双方がそれぞれ一通を保管するという形式を採っていたが、右各更新の際、雇用の期間について特段の交渉がなされるようなことはなく、ほぼ定型的な処理がなされてきた。

(四) 被告の就業規則の定め

被告は、「パートタイマー就業規則」(平成三年ころ、「フレンド社員就業規則」と改称)と題する就業規則を制定しており、原告らシルバー社員を含むパートタイマー(「フレンド社員」と改称)は、右就業規則の適用を受けることとなる旨雇用契約書に定められている。

そして、右就業規則中には、七条(2)において、雇用契約の期間は原則として六か月とし、被告が、契約期間満了五日以前に契約の解消又は契約の更新を通告する旨定められているが、一方、年次有給休暇の規定(二二条)や弔慰金等の規定(四〇条)等においては、一年以上の長期間継続して雇用することを前提とする規定も置かれている。

2  以上認定の事実、とりわけ原告が採用された経緯や、原告が被告において従事してきた職務の内容、本件労働契約の更新の状況等に照らすと、本件労働契約には次のごとき特徴を見いだすことができる。

(一) まず、原告が採用された経緯をみると、原告は被告小牧事業所において、いわゆるシルバー人材の活用を目的として、右シルバーと呼ばれる年代の者を対象とし、一〇人程度の員数を採用する予定で募集した従業員の一員であったこと、原告採用時の被告のシルバー社員の募集は、右事業所における組織的、制度的なものであって、決して右事業所の欠員の補充を目的としたものではなかったこと、原告が従事した職務についてみても、大枠において現場作業に限定されていたとはいえ、特定の職種・作業に限定されていたわけではなく、配置換えが幾度か行われ、作業内容も変更されたこと、原告は一般の従業員同様、被告小牧事業所における現場作業全体を対象として、仕事の繁閑や作業員の配置状況を考慮して適宜配置される役割を担う労働者としての処遇を受けてきたこと、本件労働契約の更新の状況についてみても、採用後七回にわたって更新を繰り返し、平成四年九月三〇日の段階において、すでに約四年近くの間継続して被告の命ずる職務に従事してきたものであることが認められる。

(二) 右のごとき本件労働契約の特徴からすれば、本件労働契約は、必ずしも短期の雇用を前提としたものではなく、原告が被告の従業員として相当期間労務提供することが当初から予定されていたものであって、その意味で、期間の定めにもかかわらず、特段の事情のない限り、労働契約が反復更新されて原告の雇用が継続されることが、本件労働契約の内容となっていたというべきである。

(三) したがって、本件労働契約は、当初、原・被告間において期間の定めのある雇用契約として成立し、外形的にはこれが更新されてきたにすぎないものであるとしても、本件雇止め当時は、すでにその性質を変じ、実質的には期間の定めのない雇用契約と異ならない状態で存続していたものというべきである。それ故、被告から、解雇の意思表示がなされた場合はもとより、単に更新拒絶(の意思表示)がなされた場合においても、少なくとも解雇に関する法理が準用され、解雇において解雇事由及び解雇権の濫用の有無が検討されるのと同様に、更新拒絶における正当事由及び更新拒絶権の濫用の有無が検討されなければならないというべきである。

(四) そうすると、本件雇止めにより本件労働契約の期間が満了したとして、原告が被告従業員の地位を喪失したとの被告主張は採用できない。

二  争点2(解雇権の濫用等)について

1  いずれも成立に争いのない(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。

(一) 被告は企業のオフィスオートメーション用機器等の製造、販売を主たる業務としており、いわゆるバブル経済の崩壊によって、主たる取引先の企業が設備投資を縮小し始めたため、それに伴い、売上高が伸び悩むようになった。

被告の平成三年一〇月ないし同五年四月での従業員の増減状況は別表1記載のとおりであり、また平成二年四月から同五年三月までの三決算期の売上高の推移は別表2記載のとおりである。

すなわち、被告の売上高は、七六期すなわち平成三年四月から同四年三月期については前年度より伸びているが、従業員一人当たりの売上高についてみれば、前年度を下回り、七七期には売上高及び従業員一人当たりの売上高ともに前年度を下回っている。

また、平成五年度も売上高、営業利益ともに前年度を下回り、平成六年三月期における予想売上高では、前年比九・〇パーセント減の約一〇〇〇億円、予想営業利益は、同じく一〇〇パーセント減となり利益がない見込みであるとの新聞報道がなされている。

(二) これに対し、被告の従業員は平成四年四月の新卒採用者は前年度に採用を内定したため、二六七人であったが、同五年四月のそれは一八八人と減少している。

もっとも被告の総従業員数は、平成三年一〇月から平成五年四月の間基本的には増加傾向にある。これは、後記の製品の内作化等のため女性のパートタイマーを採用していることによるところが大きい。

(三) 右のとおりのバブル経済崩壊による不況を乗り切るため、被告は、平成四年度に企業規模の縮小その他の合理化施策を採ることとし、被告小牧事業所においては、右合理化の手段として、まず被告小牧事業所の工場内で就労しているいわゆる協力会社からの派遣社員(常傭外注)を削減するとともに、原告及び丹羽の二名のパートタイマーを雇止めすることとし、前記のとおり、平成四年九月ころ右雇止めを実施しようとした。

(四) また、被告小牧事業所においては右合理化の一環として、それまで下請けその他から供給を受けていた部品等を可能な限り被告の内部で制作するとともに(内作化)、外部から供給を受ける部品についても、その梱包方法を規格化、透明化してコストダウンをはかるなどの方策も採用した。

そして、平成四年当時原告が配属されていた電子機器工場物流配膳係受付グループの業務は、被告の受注量自体の減少とともに、右のようなコストダウンの方策によって、その業務量が減少するなどした。

(五) なお、被告小牧事業所では、原告や丹羽の他にも、主婦をパートタイマーとして相当数雇い入れており、原告らが雇止めを受けた平成四年以降も、前記の内作化等の作業に当てるため、主婦等女性を対象とするパートタイマーの募集を随時行っている。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、右認定の事実を前提として、本件雇止めが権利の濫用といえるか否かについて以下検討する。

(一)(1) まず、前記認定の事実からすれば、いわゆるバブル経済の崩壊により平成四年ころ被告において合理化の必要性が存したことが認められ、したがって、その合理化の一環として事業規模の縮小を選択し、その手段として、人件費を削減するべく従業員を雇止めすることにも一応の合理性があるものというべきである。

そして、前記認定のとおり、被告は、いわゆる協力会社からの派遣社員を被告工場内において稼働させていたが、これらの者を人員削減の対象とし、実際に相当程度削減したことが認められる以上、被告が、その従業員のうちいわゆるパートタイマーを雇い止めの対象として選択することも、右パートタイマーが、一般に正規の従業員と比較して企業に対する依存度が低く、また雇止めが本人に与える影響が相対的に低いこと等からして不合理とはいえない。

(2) なお、被告において人員整理が必要な場合には、派遣会社の社員から削減しその後にシルバー社員を削減するとの約束が原・被告間で成立したとの原告主張については、右約束にそう説明が被告の担当者からなされたことは前記のとおり認められるものの、被告小牧事業所において百数十名存する協力会社社員を全員削減しなければ被告シルバー社員を全く雇止めできないということは、協力会社社員の人数や、実際の被告及びその協力会社との関係からみて不可能ないし著しく不合理なものであるというべきであるから、右のような約束が法的効力を有すると認めることはできない。もっとも、被告における合理化のため人員削減を必要とする場合に協力会社の社員をある程度優先的に削減することが、被告シルバー社員を雇止めするためのやむを得ない事情の一つとして考慮されるべきことはいうまでもないことであって、畢竟右説明は、このような事情を示したものというべきである。

(二) 右のとおり、被告小牧事業所において人員削減の必要が生じ、その対象としてパートタイマー(シルバー社員)が選択されたことは、あながち不合理なものではないというべきであるが、これまで認定の事実から明らかなとおり、本件雇止めが、整理解雇としてなされた色彩の強いものであることを考慮すると、整理の対象として原告を選択したことについては、整理の基準及び基準適用の合理性の視点から、さらに慎重な検討を要するところ、被告が原告を整理解雇の対象として選択した点について、以下のとおり合理性が認められず、本件雇止めは権利の濫用であって無効といわざるを得ない。

(1) すなわち、前記認定のとおり、被告小牧事業所においては、本件解雇ころ、パートタイマーが相当数就労しており、その後も小牧事業所においては必要に応じてパートタイマーを募集していたのであるから、このような事情の存する本件においては、被告にパートタイマーを削減する抽象的な必要性があったとしても、単に原告がパートタイマーであるということのみをもって原告を整理の対象とすることが許されないことはいうまでもない。

(2) また、原告が正規の従業員の定年年齢たる六〇歳を超過していることについても、前記認定のとおり、原告が被告に採用されたのが満五九歳のときであること、本件労働契約は相当期間反復更新されることが予定されたものであったこと、原告採用時の被告の募集対象人員の年齢が五五歳から六五歳程度までであったこと等の原告の採用の経緯に照らすと、被告がこれを選択基準にして原告を整理の対象とすることは、原告との間の信義則に反し、著しく不合理であって許されないというべきである。

(3) 次に被告は、原告を整理の対象とした理由として、原告の作業能率の低下、社内での原告の評判が悪かったこと及び原告が配属されていた受付グループの仕事量が減少したことを主張するので、さらに検討する。

〈1〉 一般に加齢とともに人間の身体的能力や判断力等が減退することが経験則上認められることは明らかであっても、前記のとおり被告はもともと「シルバー社員」として、定年退職者等のいわゆるシルバー人材を活用するため、原告を満五九歳のときに採用したのであり、原告と同時に採用された者もほぼ原告と同年齢であって、被告はこのような年齢の労働者の労働力を活用することを目的として雇い入れたものであるから、被告は、原告ら「シルバー社員」を採用するに当たって、原告らが被告の現場作業に従事する能力を有すると判断したというべきであって、採用時において有していた右のような能力が採用後著しく欠け、業務の遂行に支障を生じる程度となり、あるいは業務に耐え得ない程度となったような事情が存する場合(これらの事情が解雇事由に当たることは(証拠略)のパートタイマー就業規則一三条(2)及び(3)に定められているとおりである。)は格別、ただ単に年齢が高いため若い従業員と比較して身体的能力等が劣る等、採用時に容易に予測可能であった程度の労働能力の低下をもって、整理の理由とすることは信義則に反するものと言わなければならない。

〈2〉 そして、本件雇止め当時、原告に加齢による労働能力の低下ないし劣化がある程度存したことは確かであるが、これが前記のような被告パートタイマー就業規則(フレンド社員就業規則)一三条(2)又は(3)に該当するような程度であったと認めるに足りる証拠はなく、結局のところ、被告の主張する原告の労働能力の阻害の程度は、原告採用当時、被告において予想可能な範囲であったというべきであって、他に原告において、被告の業務遂行に耐えられない程度の能力欠如その他の欠格事由を見いだすこともできない。

(4) なお、原告が配属されていた受付グループの仕事量が減少したことについては、前記認定のとおり、原告は特定の職種に限定されて採用されたわけではなく、また実際に配置換えがなされたこともあること等の事情からすると、これをもって原告を整理の対象として選択したことを正当化するのは相当でないというべく、このような事情は被告において合理化の必要性が生じていたことを基礎づける事情にすぎないものというべきである。

三  争点2(本件合意解約の成否)について

1  いずれも書込み部分を除いて成立に争いのない(証拠・人証略)並びに原告本人尋問の結果によれば、原告が期間満了日を平成四年一二月末日とする本件労働契約の更新の契約書に署名したこと(九月三〇日の調印)、これは前記認定の原告と被告との間で従前なされていた期間六か月とする更新と異なり、三か月の期間を定めたものであること、また、同じく従前の更新と異なり事前に原告と被告担当者との間で更新に関する交渉がなされたこと等の事実が認められる。

また、前掲証拠によれば、右交渉の経緯として、まず期間満了の二〇日ほど前である平成四年九月一〇日ないし一一日ころに、原告の現場の上司である岸良から同年九月三〇日をもって原告との本件労働契約を終了させ更新しない旨原告に告げ、またその後九月二二日ないし二八日には、被告側の人事関係の担当者である武内において、被告としてこれが最後の更新になるとの意思を原告に伝えていることも認められる。

右認定の事実によれば、原告も、右期間の満了をもって本件労働契約が更新されないとの認識を持ちながら、右期間の更新に応じたとみる余地がないではない。

2  しかしながら、翻って考えると、一般に期間の定めのある労働契約を更新するにあたり、期間を更新したことのみで、契約当事者たる使用者と労働者との間に、右期間の満了をもって労働者が任意に退職する旨の合意が成立したとみることができないことは明らかである。

3(一)  そして、前記認定のとおり、原告は、九月三〇日に至る更新に関する交渉の中で、被告に対して、引き続き雇用を継続するよう要望していたことに加え、原告本人尋問の結果によれば、原告は右九月三〇日の話し合いの後に、退職問題について、九月三〇日の調印すなわち平成四年一二月末日までの期間の定めのある雇用契約を締結したことをもって最終的な解決ではなく、雇用期間延長に関する交渉を今後も継続する意思を有していることを、「北方領土」との比喩的表現をもって被告担当者に対して伝えたことが認められる。

(二)  もっとも、(証拠略)(いずれも右九月三〇日付けの原被告間のフレンド社員雇用契約書)には、「追記、本契約をもって最終雇用契約とする。(九/三〇、三者(岸良、平手、武内)にて面談の上了解)。」との書き込みがなされており、右追記部分は、武内が記載したことが認められる(同人の証言。)

(三)  しかしながら、右追記部分には、武内の訂正印のみが押されており、原告の押印はないこと及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右追記部分は、実際には原告の承諾を得たうえ記載されたものではなく、むしろ、原告が右契約書に署名押印して被告側に渡した後に記載された疑いがあり、いずれにせよ、原告が右のごとき追記内容を承諾したうえで、九月三〇日の調印に応じたとは到底認めがたい。

4  右のとおり、原告が九月三〇日の調印において、被告を退職する旨の明確な意思を有していなかったことは明らかというべきであり、被告担当者も、原告が一二月末日をもって退職するとの明確な意思を有したうえで右調印に至ったものでないことを十分認識していたものというべきである。

そうすると、たとえ、被告の担当者において、今回の更新をもって最終契約とするとの意思を原告に伝え、右意思を示す契約書に原告が署名押印したとしても、なんら退職の合意(本件合意解約)の成立を意味するものではないといわなければならない。

したがって、本件合意解約が成立したため原告は被告の従業員の地位を喪失した旨の被告主張は採用できない。

四  争点4(予告解雇)について

九月三〇日の調印が解雇の意思表示と解することができないことは、これまで認定の事実に照らして明らかであり、他に同日被告が原告に対し解雇の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。

五  なお、原告は本訴請求のうち毎月支払いを受けるべき賃金請求について、前記争いのない事実記載のとおり、「金一封」の実績を加算した金額の支払を求めているところ、右金一封の一か月当たりの平均実績額は、被告フレンド社員就業規則(〈証拠略〉)三一条の規定等に照らすまでもなく、当然毎月支払いを受けるべき賃金に含まれるとは認められないから、原告が支払いを求めうる一か月当たりの賃金額は前記争いのない事実記載のとおり金一四万五六〇〇円の範囲に限られるものというべきである。

第四結論

以上のとおり、原告の請求は、従業員としての地位の確認を求める部分及び平成五年一月以降、毎月二五日限り一か月金一四万五六〇〇円の割合による賃金の支払いを求める部分に限り理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 裁判官 黒田豊)

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